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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)245号 判決 1989年5月25日

①判決

第一事件原告(第六事件被告)(以下「第一事件原告」という。)

住本寺

右代表者代表役員

岡村知栄

第二事件原告(第七事件被告)(以下「第二事件原告」という。)

九条住本寺

右代表者代表役員

岡﨑法顕

第三事件原告(第八事件被告)(以下「第三事件原告」という。)

修福寺

右代表者代表役員

小板橋明英

第四事件原告(第九事件被告)(以下「第四事件原告」という。)

泉涌寺

右代表者代表役員

周賓覧道

第五事件原告(第一〇事件被告)(以下「第五事件原告」という。)

実度寺

右代表者代表役員

中野晋道

右第一ないし第五事件原告ら訴訟代理人弁護士

宮川種一郎

松本保三

松井一彦

中根宏

猪熊重二

桐ケ谷章

八尋頼雄

福島啓充

若旅一夫

漆原良夫

小林芳夫

今井浩三

大西佑二

堀正視

川田政美

春木實

吉田孝夫

稲毛一郎

明尾寛

右第二ないし第五事件原告ら訴訟代理人弁護士

中川徹也

松村光晃

第一事件被告(第六事件原告)(以下「第一事件被告」という。)

藤川法融

第二事件被告(第七事件原告)(以下「第二事件被告」という。)

秋山教円

第三事件被告(第八事件原告)(以下「第三事件被告」という。)

藤川信澄

第四事件被告(第九事件原告)(以下「第四事件被告」という。)

江戸孝道

第五事件被告(第一〇事件原告)(以下「第五事件被告」という。)

川上安道

右第一ないし第五事件被告ら訴訟代理人弁護士

中安正

片井輝夫

弥吉弥

小見山繁

山本武一

小坂嘉幸

江藤鉄兵

富田政義

川村幸信

山野一郎

沢田三知夫

河合怜

仲田哲

右中安正訴訟復代理人弁護士

延澤信博

右第二ないし第五事件被告ら訴訟代理人弁護士

伊達健太郎

右第四、第五事件被告ら訴訟代理人弁護士

竹之内明

主文

一  第一事件被告は同事件原告に対し別紙物件目録一記載の建物を、第二事件被告は同事件原告に対し同目録二記載の建物を、第三事件被告は同事件原告に対し同目録三記載の建物を、第四事件被告は同事件原告に対し同目録四記載の建物を、第五事件被告は同事件原告に対し同目録五記載の建物を、それぞれ明け渡せ。

二  第一ないし第五事件各被告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一ないし第一〇事件を通じて、第一ないし第五事件被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(第一事件)

一  請求の趣旨

1 第一事件被告は同事件原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は第一事件被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第一事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第一事件原告の負担とする。

(第二事件)

一  請求の趣旨

1 第二事件被告は同事件原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は第二事件被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第二事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第二事件原告の負担とする。

(第三事件)

一  請求の趣旨

1 第三事件被告は同事件原告に対し、別紙物件目録三記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は第三事件被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第三事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第三事件原告の負担とする。

(第四事件)

一  請求の趣旨

1 第四事件被告は同事件原告に対し、別紙物件目録四記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は第四事件被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第四事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第四事件原告の負担とする。

(第五事件)

一  請求の趣旨

1 第五事件被告は同事件原告に対し、別紙物件目録五記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は第五事件被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第五事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第五事件原告の負担とする。

(第六事件)

一  請求の趣旨

1 第一事件被告が同事件原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は第一事件原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第一事件被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第一事件被告の負担とする。

(第七事件)

一  請求の趣旨

1 第二事件被告が同事件原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は第二事件原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第二事件被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第二事件被告の負担とする。

(第八事件)

一  請求の趣旨

1 第三事件被告が同事件原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は第三事件原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第三事件被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第三事件被告の負担とする。

(第九事件)

一  請求の趣旨

1 第四事件被告が同事件原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は第四事件原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第四事件被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第四事件被告の負担とする。

(第一〇事件)

一  請求の趣旨

1 第五事件被告が同事件原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は第五事件原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 第五事件被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は第五事件被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(第一事件)

一  請求原因

1 第一事件原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物一」という。)を所有している。

2 第一事件被告は、本件建物一を占有している。

3 よって、第一事件原告は同事件被告に対し、所有権に基づき、本件建物一の明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2の事実を認める。

三  抗弁

1 訴外宗教法人日蓮正宗(以下「日蓮正宗」という。)について

日蓮正宗は、「宗祖日蓮立教開宗の本義たる弘安二年の戒壇の本尊を信仰の主体とし、法華経及び宗祖遺文を所依の経典として、宗祖より付法所伝の教義をひろめ、儀式行事を行い、広宣流布のため信者を教化育成し、寺院及び教会を包括し、その他この宗派の目的を達成するための業務及び事業を行うことを目的とする」宗教法人であり、規則として日蓮正宗宗制(以下「宗制」という。)と日蓮正宗宗規(以下「宗規」という。)を有している。

2 第一事件原告について

第一事件原告は、「宗制に定める宗祖日蓮所顕十界互具の大曼茶羅を本尊として、日蓮正宗の教義をひろめ、儀式行事を行い、広宣流布のため信者を教化育成し、その他正法興隆、衆生済度の浄業に精進するための業務及び事業を行うことを目的とする」日蓮正宗の被包括宗教法人であり、規則として宗教法人住本寺規則(以下「住本寺規則」という。)を有している。

3 第一事件原告の代表役員及び住職に関する規定

住本寺規則八条一項は、「代表役員は、日蓮正宗の規定によって、この寺院の住職の職にある者をもって充てる。」と定め、また、同規則一〇条は、「代表役員は、この法人を代表し、その事務を総理する。」と定める。そして、右日蓮正宗の規定である宗規一七二条は、「住職及び主管並びにそれらの代務者は、教師のうちから管長が任命する。」と定める。

4 第一事件被告の住職・代表役員への就任

日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶であった第一事件被告は、昭和四九年八月五日、当時日蓮正宗の管長であった細井日達(以下「日達」という。)から第一事件原告の住職に任命され、これによってまた、同原告の代表役員に就任した。

5 本件建物一の占有権原

第一事件被告は、同事件原告の住職・代表役員として、これに就任した昭和四九年八月五日頃本件建物一の占有を始めた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実をいずれも認める。

五  再抗弁

1 懲戒処分に関する規定

日蓮正宗における懲戒処分に関する宗規及び宗制の定め(但し、本件懲戒処分に関する部分のみ抜粋)は、次のとおりである。

(一) 宗規二四四条 懲戒の種目を左の五種とする。

五  擯斥 僧籍を削除し、本宗より擯斥する。

(二) 同二四九条 左に掲げる各号の一に該当する者は擯斥に処する。

三 言論、文書、図書等をもって管長に対し、誹毀または讒謗をした者。

四  本宗の法規に違反し、異説を唱え、訓戒を受けても改めない者。

(三) 同一五条 管長は、この法人の責任役員会の議決に基いて、左の宗務を行う。但し、本宗の法規に規定する事項に関してはその規定による手続きを経なければならない。

七  僧侶、檀徒、信徒に対する褒賞及び懲戒並びに懲戒の減免、復級、復権、または僧籍の復帰。

(四) 同二五一条 褒賞及び懲戒は、総監において事実の審査を遂げ、管長の裁可を得てこれを執行するものとする。

(五) 同二五三条 懲戒は、管長の名をもって宣告書を作り、懲戒の事由及び証憑を明示し、懲戒条規適用の理由を附する。

(六) 宗制三〇条 参議会は、代表役員より諮問された左に掲げる事項について審議し、答申する。

二 褒賞及び懲戒に関する事項

2 懲戒処分権者(管長)就任に関する規定等

(一) 宗規一三条二項は、「管長は、法主の職にある者をもって充てる。」と定め、同一四条二項は、「法主は、必要を認めたときは、能化のうちから次期の法主を選定することができる。但し、緊急やむを得ない場合は、大僧都のうちから選定することもできる。」と定める。なお、右にいう「緊急やむを得ない場合」であるか否かは当代法主の裁量によるものとされ、また、次期法主として選定された者は、当代法主の任意の退任(その時期は当代法主の裁量による)または遷化によって当然に法主に就任するものとされている。

(二) 右(一)の次期法主の選定は、日蓮正宗においては、「血脈相承」と称する行為によってするのが不文の準則である。血脈相承とは、宗祖日蓮から第二祖日興を経て歴代の法主が承継してきた「宗祖の血脈」を次期法主たるべき者に承継させる特別の宗教上の行為であって、教義・信仰上次のような行為であるとされている。

(1) 唯授一人

法主は、その後継者に仏法を伝授するにあたり、これを授けるにふさわしい者ただ一人を選んで承継させる。

(2) 口伝

血脈相承を授ける者は、これを受ける者と相対し、これに一対一で口頭で伝える。

(3) 秘伝

血脈相承の具体的内容や具体的行為は秘密とされる。

3 阿部日顕(以下「日顕」という。)の管長への就任

日蓮正宗の法主であった日達は、昭和五三年四月一五日大僧都であった日顕に対し血脈相承を授け、同人を次期法主に選定した。そして、日達は、昭和五四年七月二二日遷化し、これによって日顕は、法主に就任し、同時に管長に就任した。

4 第一事件被告の懲戒(擯斥)事由とその手続

(一) 第一事件被告は、昭和五六年一月一一日付け通告文をもって日蓮正宗の現法主で管長でもある日顕に対し、「貴殿には全く相承が無かったにもかかわらず、あったかの如く詐称して、法主ならびに管長に就任されたものであり、正当な法主ならびに管長と認められない。」旨通告し、その内容を日蓮正宗全国檀徒新聞「継命」(同月二二日号)に公表し、また同月二一日静岡地方裁判所に同人を被告とする代表役員・管長地位不存在確認請求訴訟を提起し、その訴訟において「前法主細井日達上人の生前において相承がなされた事実は存しない。」、「阿部日顕の『法主』の地位は、宗制宗規にもとづかないいわば僣称に過ぎず、正当な根拠がなく『就任』したものであり、阿部日顕『法主』は、本来存在しない。」などの主張をし、もって、同宗の教義及び信仰の根幹をなす血脈相承を否定する異説を唱え、かつ、言論・文書をもって管長に対し誹毀・讒謗をした。

(二) 日蓮正宗は第一事件被告に対し、院第三〇〇号(昭和五六年二月四日付け)、同第四三八号(同年九月一五日付け)及び同第四九九号(同五七年一月一九日付け)の各院通達並びに同月二一日付け訓戒をもって右異説を改めるべく訓戒をしたが、同被告はこれを改めなかった。

(三) 第一事件被告の右(一)、(二)の行為は、前記宗規二四九条三号、四号に該当する。

(四) 日蓮正宗は、総監において右(一)、(二)の事実の審査を遂げた上で、昭和五七年二月五日参議会に諮問しその審議・答申を経て責任役員会の議決に基づき第一事件被告を擯斥処分にし、管長である日顕の裁可を得てその名をもって懲戒の事由及び証憑を明示し懲戒条規適用の理由を付した宣告書を作り、同宣告書は同月八日同被告に到達した(以下「本件懲戒処分」という。)。

5 日蓮正宗の自治結果の存在

宗教団体がその構成員に対してした懲戒処分の効力が争われている場合において、その無効事由についての主張立証責任は、憲法二一条一項、二〇条一項一文が結社の自由、信教の自由(それらの一環としての宗教団体の自治)を保障していることに鑑み、当該処分の効力を争う者に負担させるのが相当であるから、本件において第一事件被告は、本件懲戒処分の無効事由として争点になっている右3(日顕の管長への就任)及び4(一)(本件懲戒事由)の各事実の不存在につき主張立証責任を負うべきである。

仮に、右各事実につき第一事件原告に主張立証責任があるとされたとしても、それらの事実は日蓮正宗の教義及び信仰に関する事項であるから、日蓮正宗が、次に述べるとおり、日顕の管長への就任及び本件懲戒事由につき自治的に決定ないし裁定した以上、裁判所は、その自治結果を尊重してこれをそのまま裁判の基礎とすべきである。

(一) 日顕の管長への就任の決定

(1) 日達遷化の当日である昭和五四年七月二二日午前一一時一〇分より、日蓮正宗総本山大石寺(以下「大石寺」という。)において緊急重役会議が開催され、その席上日顕は、日達から同五三年四月一五日血脈相承を授けられたことを発表し、そこに出席していた椎名日澄(当時重役)、早瀬日慈(当時能化)、藤本栄道(当時庶務部長)ら全員は、右発表を謹んで拝承し、日顕に対し信伏随従を誓った。

(2) 同日午後七時より大石寺において、宗内のほとんど全員の僧侶が参加して日達の密葬の通夜が行われ、その席上右椎名重役は、日顕が日達から血脈相承を受けたことを披露し、出席者一同は謹んでこれを拝承した。また、同日付け及び翌日付けの各院通達によって日顕の法主及び管長への就任が宗内に発表された。

(3) 同年八月六日大石寺において、宗内僧侶及び信者の代表者が参加して日顕の御座替式(法主就任の儀式)が行われ、引き続いて、総監、重役、能化全員及び宗会議長をはじめとする宗内の主だった僧侶と信者の代表者とが参加して御盃の儀(新法主の登座を祝うとともに新法主と師弟の契りを結ぶ儀式)が行われた。

(4) 日顕は、同月二一日宗内全僧侶に対し、日顕が日達から血脈相承を受けて日蓮正宗第六七代法主及び管長の職に就いた旨並びに宗内僧侶及び信者全員の協力と一致団結とを求める旨の訓諭(管長が一宗を嚮導するために発する達示で宗内では最も重要な指南)を発した。

(5) 同五五年四月六日と七日の両日大石寺において、全僧侶及び多数の信者が参加して御代替奉告法要が行われ、日顕の法主就任が宗祖日蓮に奉告された。

(6) 日顕は、法主及び管長に就任した同五四年七月二二日以来、本尊の書写をはじめとする法主としての職務、住職などの任免をはじめとする管長としての職務及び法人の代表役員としての職務を広範に行ってきたが、一年以上もの間、第一事件被告を含む何人からも、また、宗内のいかなる機関からも、右のことに対し異議を唱えられたことはなかった。また、第一事件被告が日顕の法主就任を否定した後も、日蓮正宗の僧侶及び信者の大部分は、日顕を法主と仰ぎ、これに異議を唱える者を異説、異端の者として扱うに至った。

(二) 本件懲戒事由の裁定

日蓮正宗において、管長は教義に関して正否を裁定する権限を有しているところ(宗規一五条五参照)、管長である日顕は、昭和五七年一月一六日責任役員会の議決に基づき、第一事件被告の前記4(一)の所説が異説である旨裁定した。

6 第一事件被告の本件建物一の占有権原の喪失

住本寺規則九条一項は、「代表役員の任期はこの寺院の住職の在職中とする。」と定めており、また、第一事件原告の住職は宗規一七二条により日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶であることを要するところ、同事件被告は、本件懲戒処分(または、日蓮正宗の自治結果たる本件懲戒処分)により日蓮正宗の僧籍を喪失し、これによって同事件原告の住職たる地位を喪失するとともにその代表役員たる地位をも喪失したため、本件建物一を占有する権原を喪失するに至った。

六  再抗弁に対する認否及び主張

1 再抗弁1の事実を認める。

2(一) 再抗弁2(一)の事実中、宗規一三条二項及び一四条二項の各文言が第一事件原告主張のとおりであることを認め、その余を否認する。

(二) 同2(二)の事実を否認する。

宗規一四条二項にいう「選定」とは、法主選任という組織法上の効果をもたらす意思表示を意味し、右宗規一四条二項が日蓮正宗における法主就任に関する法規範である。第一事件原告主張の不文の準則は同原告も認めるとおり法規範ではない。また、血脈相承の語は多義的であって、日蓮正宗の正しい仏法が法主から法主へと正しく伝えられて来ているという信仰上の概念を意味することもあれば、法主交替の際になされる儀式行為ないし法主選任の意思表示そのものを意味することもある。このうち、信仰上の概念としての血脈相承の存否は、およそ裁判所の認定の対象たり得ないが、儀式行為としての血脈相承は、従来秘儀性を強調しつつも現実にはカリスマ付与の観点から公然と行われて来たのであり、法主選任の意思表示の間接事実として、裁判所にも認定可能な客観的事実行為である。

3 再抗弁3の事実中、昭和五三年四月一五日当時日達が日蓮正宗の法主であり、日顕が大僧都であったこと、日達が翌五四年七月二二日に遷化したことを認め、その余を否認する。

4(一) 再抗弁4(一)の事実中、日顕が日蓮正宗の法主及び管長であること、第一事件被告が日蓮正宗の教義及び信仰の根幹をなす血脈相承を否定する異説を唱え、かつ、言論・文書をもって管長に対し誹毀・讒謗をしたことを否認し、その余を認める。

第一事件被告は、日顕が法主に選定されたという客観的事実ないしその間接事実としての前記儀式行為としての血脈相承という客観的事実がなかった旨を陳述しただけであって、日蓮正宗における血脈相承そのものを否定したり、教義に関する異説を主張したりしたことはない。したがって、本件懲戒処分は懲戒事由を欠き無効である。

(二) 同4(二)の事実中、日蓮正宗から第一事件被告に対し同事件原告主張の各院通達及び訓戒と題する文書が送付されたことを認め、その余を否認する。

(三) 同4(三)の主張は争う。

(四) 同4(四)の事実中、日顕が管長と称して作成した宣告書と題する文書が昭和五七年二月八日頃第一事件被告に到達したことを認め、その余は不知。

5 再抗弁5の前文の主張を争う。

(一)(1) 同5(一)(1)の事実中、昭和五四年七月二二日午前一一時一〇分より大石寺において緊急重役会議が開催されたこと、その席上日顕が同五三年四月一五日日達から血脈相承を授けられたことを発表したことを認め、その余を否認する。

(2) 同五(一)(2)の事実中、同日午後七時より大石寺において宗内のほとんど全員の僧侶が参加して日達の密葬の通夜が行われたこと、その席上椎名日澄が日顕が日達から血脈相承を受けたことを披露したこと、同日付け及び翌日付けの各院通達によって日顕の法主及び管長への就任が宗内に発表されたことを認め、その余を否認する。

(3) 同5(一)(3)ないし(6)の事実を認める。

再抗弁5(一)の各事実に対する認否は右(一)(1)ないし(3)のとおりであるが、第一事件被告を含む日蓮正宗の僧侶が、日顕が日達から血脈相承を受けた旨発表した昭和五四年七月二二日以来一年以上もの間、日顕の法主就任の儀式やその法主・管長としての活動に異議を唱えずこれに従ってきたのは、法主の地位僣称という不祥事が前代未聞のことであったため、これを公然と口にすることがはばかられる状況にあったからである。

(二) 再抗弁5(二)の事実中、日蓮正宗においては管長が教義に関して正否を裁定する権限を有していることを認め、その余を争う。日顕は管長ではないから、教義を裁定する権限を有しない。

6 再抗弁6の事実中、住本寺規則九条一項が「代表役員の任期はこの寺院の住職の在職中とする。」と定めていること及び第一事件原告の住職であるためには日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶でなければならないことを認め、その余を否認する。

七  再々抗弁(懲戒権の濫用)

本件懲戒処分は、第一事件被告が昭和五六年一月二一日静岡地方裁判所に日顕及び日蓮正宗を被告として代表役員等地位不存在確認請求訴訟を提起したことに対する報復を目的とし、かつ、第一事件被告が右訴訟で当然主張することの許される日顕の代表役員等の地位の不存在を基礎づける事実(しかもこれは、血脈相承の教義・信仰を否定する事実ではない。)を主張したことを、血脈相承そのものを否定する異説を唱えたものと曲解しこれを懲戒事由としてなされたものであるから、懲戒権の濫用であって無効である。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁の主張を争う。

(第二事件)〜(第五事件)<省略>

(第六事件)

一  請求原因

1 日蓮正宗について

第一事件の抗弁1と同じ。

2 第一事件原告について

第一事件抗弁2と同じ。

3 第一事件原告の代表役員及び責任役員に関する規定

住本寺規則六条は、「この法人には、六人の責任役員を置き、そのうち一人を代表役員とする。」と定め、また、同規則八条一項は、「代表役員は、日蓮正宗の規定によって、この寺院の住職の職にある者をもって充てる。」と定める。そして、右日蓮正宗の規定である宗規一七二条は、「住職及び主管並びにそれらの代務者は、教師のうちから管長が任命する。」と定める。

4 第一事件被告の代表役員及び責任役員への就任

日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶であった第一事件被告は、昭和四九年八月五日、当時日蓮正宗の管長であった日達から第一事件原告の住職に任命され、これによって、同原告の代表役員及び責任役員に就任した。

5 ところが、第一事件原告は、同事件被告が同事件原告の代表役員及び責任役員の地位にあることを争っている。

6 よって、第一事件被告は同事件原告に対し、同事件被告が同事件原告の代表役員及び責任役員の地位にあることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし5の各事実をいずれも認める。

三  抗弁

1 懲戒処分に関する規定

第一事件の再抗弁1と同じ。

2 懲戒処分権者(管長)就任に関する規定等

第一事件の再抗弁2と同じ。

3 日顕の管長への就任

第一事件の再抗弁3と同じ。

4 第一事件被告の懲戒(擯斥)事由とその手続

第一事件の再抗弁4と同じ。

5 日蓮正宗の自治結果の存在

第一事件の再抗弁5と同じ。

6 第一事件被告の代表役員及び責任役員の地位の喪失

住本寺規則九条一項は、「代表役員の任期はこの寺院の住職の在職中とする。」と定めており、また、第一事件原告の住職は宗規一七二条により日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶であることを要するところ、同事件被告は、本件懲戒処分(または、日蓮正宗の自治結果たる本件懲戒処分)により日蓮正宗の僧籍を喪失し、これによって同事件原告の住職たる地位を喪失したので、同原告の代表役員及び責任役員の地位を喪失するに至った。

四  抗弁に対する認否及び主張

1 抗弁1ないし5の各事実に対する認否及び主張は、第一事件の再抗弁に対する認否及び主張1ないし5と同じ。

2 抗弁6の事実中、住本寺規則九条一項が「代表役員の任期はこの寺院の住職の在職中とする。」と定めていること及び第一事件原告の住職であるためには日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶でなければならないことを認め、その余を否認する。

五  再抗弁(懲戒権の濫用)

第一事件の再々抗弁と同じ。

六  再抗弁に対する認否

第一事件の再々抗弁に対する認否と同じ。

(第七事件)〜(第一〇事件)<省略>

第三  証拠<省略>

理由

第一第一事件について

一請求原因1及び2の事実、抗弁事実並びに再抗弁1の事実(懲戒処分に関する規定)は、いずれも当事者間に争いがない。

二1  そこで、本件懲戒処分の効力につき検討するが、その前提としてまず、本件懲戒処分の効力発生要件、殊に本件において争点となっている日顕の管長(本件懲戒処分権者)への就任の有無及び本件懲戒事由の存否につき、第一事件原告と同事件被告のどちらにその主張立証責任があるかにつき検討する。

一般に、懲戒処分の効力が争われる場合、その効力を自己に有利に援用する者にその効力発生要件についての主張立証責任があるものと解される。この点につき、第一事件原告は、憲法二一条一項、二〇条一項一文が結社の自由、信教の自由(それらの一環としての宗教団体の自治)を保障していることに鑑み、宗教団体における懲戒処分についてはその効力を争う者がその無効事由につき主張立証責任を負うべきであると主張する。確かに、憲法二一条一項、二〇条一項一文は結社の自由、信教の自由を保障しており、これらの自由の保障の中には宗教団体の自治の保障も含まれると解され、そして、宗教団体がその構成員に対して懲戒処分をすることは、右宗教団体の自治の一態様として、憲法上も尊重されるべきものと解される。しかし、これは、特殊な部分社会である宗教団体がその内部規律を維持をするために自治的に決定してした懲戒処分の効力について、それが単なる内部規律の問題にとどまる限り、司法審査の対象とはならず、当該宗教団体の自治決定がそのまま尊重されるという趣旨であって、それが単なる内部規律の問題にとどまらず一般市民法秩序と直接係わるため(本件は、懲戒処分の結果第一事件被告は僧籍を削除されて日蓮正宗より擯斥されることになるという意味で、一般市民法秩序と直接係わる場合といえる。)、当該懲戒処分の効力が司法審査の対象とされた場合に、その効力発生要件についての主張立証責任を被処分者側に転換させる(すなわち、被処分者側にその無効事由についての主張立証責任を負担させる)ことまでも認めるものではない(懲戒権の濫用等の権利障害事由については、別である。)。また、宗教団体における懲戒処分については、司法審査の対象とされる場合であっても、更に信教の自由との関係で、司法審査のあり方につき特段の配慮を要することがあるのは、後に説示するとおりであるが、このことも懲戒処分の効力発生要件についての主張立証責任の所在とは、直接係わるものではないというべきである。

したがって、本件懲戒処分の効力発生要件(殊に本件で争点となっている日顕の管長への就任の有無及び本件懲戒事由の存否)については、一般原則どおり、第一事件原告に主張立証責任があるものというべきであり、本件においては、右は再抗弁として位置づけられるものである。

2  そこで、以下再抗弁につき検討する。

(一) 再抗弁2(懲戒処分権者(管長)就任に関する規定等)及び同3(日顕の管長への就任)について

再抗弁2(一)の事実中、宗規一三条二項が「管長は、法主の職にある者をもって充てる。」と定め、同一四条二項が「法主は、必要を認めたときは、能化のうちから次期の法主を選定することができる。但し、緊急やむを得ない場合は、大僧都のうちから選定することもできる。」と定めていること、同3の事実中、昭和五三年四月一五日当時日達が日蓮正宗の法主であり、日顕が大僧都であったこと、及び日達が翌五四年七月二二日に遷化したことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、宗規一四条二項にいう「選定」の意味につき、第一事件原告は、再抗弁2(二)において、右条項にいう「選定」は日蓮正宗においては「血脈相承」という特別の宗教上の行為によって行われるのが不文の準則であって、「血脈相承」は教義・信仰上、法主が仏法を伝授するにふさわしい後継者一人を選び(唯授一人)、その後継者と相対し、これに仏法を一対一で口頭で伝える(口伝)、秘密裡に行われる儀式であると主張するのに対し、同事件被告は、右条項にいう「選定」は外部第三者にも認識可能な、法主選任という組織法上の効果をもたらす意思表示を指すと主張する。

そこで検討するに、<証拠>によれば、日蓮正宗の教義上の特色は、宗祖日蓮を末法の本仏と仰ぎ、宗祖日蓮が弘安二年一〇月一二日に図顕した本門戒壇の本尊を信仰の根本対象とし、宗祖日蓮から順次その仏法の一切を承継してきた二祖日興をはじめとする歴代の法主を教義・信仰上の最高権威者または統率者として仰ぐことにあること、右にいう仏法の一切の承継は、教義・信仰上、現法主が仏法(宗祖日蓮が悟った仏法の奥義で、日蓮の血脈)を伝授するにふさわしい後継者一人を選び(唯授一人)、その後継者と相対し、これに仏法を一対一で口頭で伝える(口伝)ことによりなされるものとされていること、しかし、現法主が後継者に仏法を伝授するにつき、それがいつ、どこで、いかなる方式ないし態様においてなされるものであるかについては、教義・信仰上秘密とされている(秘伝)こと、また血脈相承が行われるべきことまたは行われたことを事前または直後に公表するか否か、公表するとした場合いつ、どのような形で公表するか等はすべて当代法主の裁量に委ねられていること、そしてこのようにして仏法を承継した法主は、宗派を統率し、教義の解釈・裁定を行い、また、本尊を書写し、これを宗内の各寺院や信徒らに下付する権能を有する者とされていること、これらのことについては、宗規も二条において「本宗の伝統は、外用は法華経予証の上行菩薩、内証は久遠元初自受用報身である日蓮大聖人が、建長五年に立宗を宣したのを起源とし、弘安二年本門戒壇の本尊を建立して宗体を確立し、二祖日興上人が弘安五年九月及び十月に総別の付嘱状により宗祖の血脈を相承して三祖日目上人、日道上人、日行上人と順次に伝えて現法主に至る。」と定め、一四条一項において「法主は、宗祖以来の唯授一人の血脈を相承し、本尊を書写し、日号、上人号、院号、阿闍梨号を授与する。」と定めていること、更に日蓮正宗における法主・管長就任に関する規定の変遷とその運用のされ方についていえば、日蓮正宗(明治三三年九月日蓮宗興門派から独立して日蓮宗富士派となり、同四五年六月七日日蓮正宗と改称した。)は、明治政府が、宗教団体に宗教規則の制定及び管長制を義務付け、宗教規則、管長の就任及び管長が古来からの宗派の長の名称を称することについて認可制を採用したことに伴い、同三三年九月日蓮宗富士派宗制寺法を制定し、一派の統監機関として管長を置き、管長が法主と称することとし、管長就任手続としては、管長が管長候補者として大学頭を選任し、管長欠員の場合に大学頭が監督官庁の認可を得て管長の地位に就くものとし、管長が大学頭を選任しない場合は、管長候補者を選挙するものとしたこと、しかし、監督官庁の認可を受けて管長の地位に就いた者が法主と称するとの右規定は、日蓮正宗の前記伝統とは異質な制度であったため、同宗においては、当時も、管長の就任要件と法主の就任要件とは区別され、管長就任につき監督官庁の認可があっても、当然に法主としての資格が備わるわけではなく、また、法主の地位に就くわけでもなく、法主の地位に就くためには、血脈相承という宗教上の儀式を受けることが必要とされてきたこと、右日蓮宗富士派宗制寺法は、その後宗制及び宗規となり、この宗制及び宗規は幾度か改正されたが、管長職及びその候補者の選挙に関する規定は、戦後管長認可制が廃止された後においても存続し、ただ実際には、右選挙は実施されることはなく、血脈相承を受けて法主に就任した者が管長に就任してきたこと、そして、昭和四九年八月八日、日蓮正宗における前記伝統を考慮して宗規が改正され、その一三条二項で「管長は、法主の職にある者をもって充てる。」と定めるとともに、その一四条二項で「法主は、必要を認めたときは、能化のうちから次期の法主を選定することができる。但し、緊急やむを得ない場合は、大僧都のうちから選定することもできる。」と定めるに至ったことがそれぞれ認められる。

右認定の日蓮正宗における法主の特別の地位及び権能、その地位の承継形式についての宗教的伝統、法主・管長就任に関する規定の変遷とその運用のされ方並びに現行宗規二条、一三条二項、一四条一項及び同条二項の各文言を総合勘案すれば、宗規一四条二項本文にいう「選定」は、日蓮正宗においては、伝統的に秘儀としての「血脈相承」という特別の宗教上の行為によって行われるのが不文の準則であったことを認めることができる。<証拠>のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、血脈相承は、右認定のとおり、宗教上の行為であり、しかも、本件訴訟では(第二ないし第一〇事件でも同じ)、その存否の判断が請求の当否を決するについての前提問題をなしているのであるが、このように、具体的権利義務ないし法律関係をめぐる紛争において特定の宗教行為の存否の判断が請求の当否を決するについての前提問題をなしている場合に、裁判所が右判断に立ち入ることができるか否かについては、憲法が信教の自由、宗教団体の自治を保障していることの関連で、特段の検討を要する。

およそ、裁判所は、憲法上、司法権すなわち具体的権利義務ないし法律関係をめぐる紛争を法の適用実現により解決する国家作用を行う権限と債務を有するから、具体的権利義務ないし法律関係をめぐる紛争において特定の宗教行為の存否の判断が請求の当否を決するについての前提問題をなしている場合であっても、その紛争が具体的権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式こそとっているけれども実質は宗教上の教義の解釈をめぐる紛争であって法令の適用による終局的な解決が不可能であるような特別の場合を除けば、その宗教行為の存否の判断が宗教上の教義の解釈にわたることなくして可能であるときには、右判断をなすべき権限と責務を有するものというべきであるが、他面、憲法が信教の自由、宗教団体の自治を保障していることに鑑み、右宗教行為の存否を判断するについて、宗教上の教義の解釈に立ち入ったり、右宗教行為の存否についての当該宗教団体の判断に反する判断をしたりすることは、信教の自由、宗教団体の自治を侵害するものとして許されないものというべきである。

そこで、この点を本件についてみるに、本件訴訟は、建物不法占拠の排除という実際的な効果を眼ざした、実質上も財産権に関する争訟とみられるものであり(第二ないし第五事件は全く同じであり、第六ないし第一〇事件も建物の占有権原となる法人役員の地位の確認という実際上の効果を目ざした、実質上も法律関係に関する争訟とみられるものである。)、血脈相承の存否の判断は、その前提問題であるにすぎず、しかも、右判断は、のちにみるような手法で、宗教上の教義の解釈にわたることなくこれをすることが可能であるから、本件訴訟は、法令の適用による終局的な解決が不可能であるような類いの訴訟ではなく、裁判所はこれにつき審判の権限と責務を有するものとみるのが相当である。

ただ、血脈相承という宗教行為は、前記のとおり、日蓮正宗の正統性を示し、かつ、その宗派としての存続を支えてきた同宗における極めて重要かつ厳粛な行為であるから、同宗の教義と深く係わるものであり、しかも、その行為がいつ、どこで、いかなる方式ないし態様においてなされるものであるかについては秘密とされており、結局のところ、同宗の僧侶や信徒らが血脈相承があったと信じるか否かの宗教的信念によらざるを得ない面があるというべきであるから、裁判所が日達から日顕への血脈相承の存否を直接判断するには、どうしても日蓮正宗の血脈相承に関する教義の内容に立ち入り、併せて同宗の僧侶や信徒らの血脈相承に関する解釈ないし宗教的信念に立ち入らざるを得ないと考えられるが、そうしたことは、前記のとおり、信教の自由、宗教団体の自治を侵害することになり、許されないものというべきである。

しかし、裁判所は、血脈相承の存否を直接、証拠によって判断するというのではなく、日蓮正宗において日達から日顕に血脈相承がなされたものとされているか否かという同宗の自治結果の存否について証拠により判断して、血脈相承の存否をいわば間接的に判断することはできるものと考えられるし、そうするのが相当であると解される。けだし、日蓮正宗の自治結果の存否について判断する場合には同宗の教義の解釈にわたる必要がないのみならず、同宗の団体としての自治結果がすでに存在しているならば、これをそのまま裁判の基礎として審判することが、法律上の争訟の解決を任務とする裁判所の立場に合致し、また、宗教団体の自治を保障した憲法二一条一項、二〇条一項一文の趣旨に適うものと考えられるからである。

第一事件原告は、再抗弁5(一)において、日蓮正宗では日顕が日達から血脈相承を受けて同宗の法主に就任し、同宗の管長に就任した旨の自治決定が存在する旨主張しているので、そこで、次にこれについて検討する。

(二) 再抗弁5(一)(日顕の管長への就任の決定)について

再抗弁5(一)(1)の事実中、昭和五四年七月二二日午前一一時一〇分より大石寺において緊急重役会議が開催されたこと及びその席上日顕が同五三年四月一五日日達から血脈相承を授けられたことを発表したことは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、緊急重役会議に出席した椎名日澄、早瀬日慈、藤本栄道ら全員が、日顕の日達から血脈相承を授けられた旨の発表を謹んで拝承し、日顕に対し信伏随従を誓ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

同5(一)(2)の事実中、昭和五四年七月二二日午後七時より大石寺において日蓮正宗内のほとんど全員の僧侶が参加して日達の密葬の通夜が行われたこと、その席上椎名日澄が日顕が日達から血脈相承を受けたことを披露したこと並びに同日付け及び翌日付けの各院通達によって日顕の法主及び管長への就任が宗内に発表されたことは、いずれも、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、日達の密葬の通夜の席上椎名重役が、日顕が日達から血脈相承を受けたことを披露したことに対し、出席者一同が謹んでこれを拝承したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

同5(一)(3)ないし(6)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実及び認定事実によれば、日蓮正宗において、日顕が昭和五三年四月一五日日達から血脈相承を受け、同五四年七月二二日日達の遷化に伴って法主に就任した旨自治的に決定されているということができる。なお、前記のとおり、日顕は日達から血脈相承を受けた昭和五三年四月一五日当時大僧都であり、そして、大僧都に対して血脈相承を授けることができるのは宗規一四条二項但書により「緊急やむを得ない場合」でなければならないところ、右自治決定には、日達が当時大僧都であった日顕に対し血脈相承を授けることが緊急やむを得ない場合であった旨の決定も、当然の前提として含まれているものと認めることができる。

これに対して第一事件被告は、右決定当時同被告を含む日蓮正宗の僧侶が日顕の法主就任につき疑問を抱いていたが、法主の地位僣称が前代未聞の不祥事であったため、これを公然と口にすることがはばかれる状況にあった旨主張して右自治決定を争っているが、これを立証するものとして提出された<証拠>は、右争いのない事実及び認定事実に照らしていずれも措信することができず、他に右状況を認めるに足りる証拠はない。

したがって、日顕は、日蓮正宗の自治決定によって、昭和五四年七月二二日同宗の法主に就任し、そしてまた、本件懲戒処分権者たる同宗の管長に就任したものというべきである。

(三) そこで次に、本件懲戒事由の存否について検討する。

(1) 再抗弁4(一)の事実中、第一事件被告が昭和五六年一月一一日付け通告文をもって日顕に対し、「貴殿には全く相承が無かったにもかかわらず、あったかの如く詐称して、法主ならびに管長に就任されたものであり、正当な法主ならびに管長と認められない。」旨通告し、その内容を日蓮正宗全国檀徒新聞「継命」(同月二二日号)に公表したこと、同被告が同月二一日静岡地方裁判所に日顕を被告とする代表役員・管長地位不存在確認請求訴訟を提起し、その訴訟において「前法主細井日達上人の生前において相承がなされた事実は存しない。」、「阿部日顕の『法主』の地位は、宗制宗規にもとづかないいわば僣称に過ぎず、正当な根拠がなく『就任』したものであり、阿部日顕『法主』は、本来存在しない。」などの主張をしたことは、当事者間に争いがない。なお、同事実中、右通告及び訴訟提起当時、日顕が日蓮正宗の法主・管長であったことは、すでに説示したとおりである。

(2) 同4(二)の事実中、日蓮正宗が第一事件被告に対し院第三〇〇号(昭和五六年二月四日付け)、同第四三八号(同年九月一五日付け)及び同第四九九号(同五七年一月一九日付け)の各院通達並びに同月二一日付けの訓戒と題する文書を送付したことは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、右各院通達並びに訓戒と題する文章には、日顕への血脈相承を否定する旨の所説を異説であると認め、これを唱える者にその改説を促す内容の記載があること、しかし第一事件被告は、日顕への血脈相承を否定する旨の所説を改めなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  ところで、右争いのない再抗弁4(一)の事実である第一事件被告の所説が、血脈相承を否定する異説を唱え、かつ、これが同時に言論・文書をもって管長に対し誹毀・讒謗をしたことに当たるか否かを判断するには、右血脈相承の存否やこれに対する日蓮正宗の宗教的評価(すなわち、血脈相承を否定することが管長に対する誹毀・讒謗に当たるか否かの評価)に立ち入って判断せざるを得ないというべきであるから、前記(一)で説示したのと同じ理由から、裁判所が右懲戒事由の存否自体について審判することはできないものというべきである。

しかしながら、日蓮正宗が、第一事件被告の右所説が異説であり、したがってまた、管長に対する誹毀・讒謗に当たる旨自治的に判断決定したか否かという点については、前記(一)で説示したのと同じ理由から、裁判所がこれを審判することはできるものと解するのが相当である。

(4) そこで、これについての主張である再抗弁5(二)(本件懲戒事由の裁定)について検討するに、同事実中、日蓮正宗においては管長が教義に関して正否を裁定する権限を有していることは当事者間に争いがなく、日顕が昭和五四年七月二二日同宗の法主に就任し、同時にその管長に就任したことはすでに説示したとおりであり、そして、<証拠>によれば、日顕が同五七年一月一六日責任役員会の議決に基づいて第一事件被告の再抗弁4(一)の所説が異説である旨裁定したことが認められ、これらの事実と<証拠>によれば、日蓮正宗において、右所説が異説である旨、したがってまた、それが管長に対する誹毀・讒謗になる旨自治的に決定されていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(5) 以上説示したところによれば、第一事件被告の再抗弁4(一)、(二)の行為は、懲戒事由を定めた宗規二四九条三号、四号に該当するものということができる。

3  再抗弁4(四)(本件懲戒手続)について

再抗弁4(四)の事実中、日顕が管長と称して作成した宣告書と題する文書が昭和五七年二月八日頃第一事件被告に到達したことは当事者間に争いがなく、その余の事実については、<証拠>によりこれを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三再抗弁6(第一事件被告の本件建物一の占有権原の喪失)

再抗弁6の事実中、住本寺規則九条一項が「代表役員の任期はこの寺院の住職の在職中とする。」と定めていること及び第一事件原告の住職であるためには日蓮正宗の教師の資格を有する僧侶でなければならないことは、当事者間に争いがない。そして、前記一で説示のとおり、日蓮正宗は、第一事件被告に宗規所定の懲戒事由に当たる行為があったと判断し、宗規所定の手続を経て、同被告を懲戒処分である擯斥に付する旨決定し、その旨の書面が第一事件被告に到達したので、本件懲戒処分が懲戒権の濫用に当たるなどの特別の事情のない限り、同被告は、本件懲戒処分により、本件建物一の占有権原を喪失するに至ったものというべきである。

四再々抗弁(懲戒権の濫用)について

1  第一事件被告は、まず、本件懲戒処分は、同被告が昭和五六年一月二一日静岡地方裁判所に日顕及び日蓮正宗を被告として代表役員等地位不存在確認請求訴訟を提起したことに対する報復を目的としてなされたものである旨主張する。

そこで検討するに、第一事件被告が右訴訟を提起するに至った経緯は、<証拠>とさきに認定した事実を併せると、次のとおりであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、日蓮正宗は、昭和五二年頃から、当時急成長を遂げていた同宗の信徒団体の一つである訴外宗教法人創価学会(以下「創価学会」という。)との間で、教義等をめぐって軋轢が生じるようになり、同宗の一部の僧侶らは、その頃から、創価学会を批判し、同宗の教義に従った正しい信仰を確立することを標傍するいわゆる正信覚醒運動を行うようになり、第一事件被告もこの運動に加わった。右僧侶らは、右運動の一環として、創価学会を退会した日蓮正宗の信者を集めて、昭和五三年八月から同五五年一月までの間、四回にわたり、全国檀徒大会と称する集会を開催し、日顕も、日達が遷化した後に開催された第三回及び第四回の全国檀徒大会に法主として出席した。しかし、その後、日蓮正宗は、創価学会が反省を示していると評価して、創価学会に対する批判を止めなければならないと判断し、同宗内の僧侶に対し、創価学会に対する批判を止め、同会と協調していくべき旨命じた。それにも拘らず、正信覚醒運動の中心人物らは、創価学会に対する批判を止めようとしなかったので、ついに日蓮正宗との間で対立を生じるようになった。そして、これらの者は、昭和五五年七月四日正信会と称する日蓮正宗非公認の組織を結成して創価学会やこれと協調体制をとる日蓮正宗を批判し、同年八月四日には、数度にわたる同宗宗務院の禁止命令を無視して、日本武道館において第五回全国檀徒大会を開催した。同大会の内容は、日顕の指南を否定し、日蓮正宗内を攪乱するものであったため、管長である日顕は、昭和五五年九月二四日、同大会を主催した一八名の正信会中央委員のうち特に情状の重い五名を擯斥処分に付し、その他の同大会に関与した多くの者についても情状に応じ降級・停権等の懲戒処分に付した。そのため、正信会と日蓮正宗の対立はますます激化し、右被処分者らは同宗の責任役員会や管長に対し処分撤回を要求し、正信会の代表者らは日顕に対し、昭和五五年一二月一三日付け内容証明郵便(質問状)をもって、日顕の血脈相承に疑義があるとして血脈相承の有無を質し、また翌五六年一月一一日付け内容証明郵便(通告文)をもって、日顕には全く相承がなかったにもかかわらずあったかの如く詐称して法主並びに管長に就任したものであるから正当な法主・管長とは認められず、したがって管長でない者がした昭和五五年九月二四日付け懲戒処分はいずれも無効である旨通告し、さらに、擯斥処分を受けた者らは、裁判所に地位保全の仮処分を申請し、同事件において、懲戒処分の無効事由として日顕は法主・管長ではないので懲戒処分権者でない旨主張するなどして、同宗の右懲戒処分は不当であるとしてこれを争った。これに対し、日蓮正宗責任役員会では、昭和五六年一月一五日日顕が血脈相承を受けたことを否定する正信会所属の僧侶らの所説が同宗の法規に違反し、異説を唱えるものであると認め、同宗宗務院から右僧侶らに対して訓戒をする旨議決した。このような正信会と日蓮正宗の対立の中で、第一事件被告は、昭和五六年一月二一日静岡地方裁判所(富士支部)に対し、日顕の血脈相承の不存在を理由とした代表役員等地位不存在確認請求訴訟を提起するに至った。

右の事実によれば、日蓮正宗では、右訴訟提起以前に、第五回全国檀徒大会に関与した正信会所属の僧侶らの行動に対し、これを同宗の秩序を乱すものと認め、その内の多くの僧侶らを懲戒処分に付し、また、日顕が血脈相承を受けたことを否定する旨の所説について、それが同宗所定の懲戒事由に当たるものである旨裁定して、その所説を唱える正信会所属の僧侶らを懲戒処分に付するため、その手続を進めていたことになるから、本件懲戒処分を第一事件被告の右訴訟提起に対する報復を目的としてなされたものとみることはできない。そして、他に本件懲戒処分が第一事件被告の右訴訟提起に対する報復を目的としてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。

2  第一事件被告は、次に、本件懲戒処分は、同被告が右訴訟で当然主張することの許される日顕の代表役員等の地位を基礎づける客観的具体的事実(法主選定の意思表示ないしその間接事実である儀式行為としての血脈相承)の不存在を主張したことを、血脈相承そのものを否定する異説を唱えたものと曲解しこれを懲戒事由としてなされたものであると主張する。

そこで検討するに、第一事件被告が右訴訟で日顕が血脈相承を受けたことそれ自体を否定する旨の主張をしたこと、この主張が日蓮正宗において異説であると裁定され、懲戒処分の対象とされたことは、すでに説示したとおりである。訴訟においていかなる主張をするかは原則として当事者の自由であって、みだりにこれが妨げられてはならないことは、いうまでもないところであるが、その当事者が相手方当事者たる団体の一員である場合に、その団体が右主張を団体の統制を乱すものとして懲戒処分の対象とすることは、それとは別論であって、特段の事情がない限り、さきに述べた団体自治の結果として当然許されるものであり、なんら懲戒権の濫用となるものではない。もっとも、日蓮正宗が、第一事件被告の訴訟活動を妨げる目的で右懲戒処分をしたというような事情でもあれば、懲戒権の濫用であって許されるべきものではないというべきであろうが、本件がこのような場合でないことは、右(一)で説示したとおりである。

3  したがって、第一事件被告の本件懲戒処分が懲戒権の濫用であって無効である旨の主張は、理由がない。

五以上説示のとおり、第一事件被告は本件懲戒処分によって本件建物一の占有権原を喪失したものといえるから、同事件原告の請求は理由があるものというべきである。

第二〜第五<省略>

第六第六事件について

一請求原因1ないし5の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二しかしながら、第一事件被告が本件懲戒処分により日蓮正宗の僧侶の地位を喪失し、そのため、同事件原告の住職たる地位を喪失するとともに同原告の代表役員たる地位をも喪失したものと認められることは、第一事件においてすでに説示したとおりである。そして、<証拠>である住本寺規則には、その九条で「代表役員の任期はこの寺院の住職の在職中とする。代表役員以外の責任役員の任期は四年とする。」と定め、代表役員である責任役員の任期については特別の明文の定めをしていないことからすれば、第一事件原告の代表役員である責任役員の資格及び任期は、代表役員の資格及び任期と同じであると解することができ、したがって、同事件被告は、同事件原告の代表役員たる地位を喪失したことに伴い、その責任役員たる地位をも喪失するに至ったものということができる。

第七〜第一〇<省略>

第一一結論

以上検討してきたところによれば、第一ないし第五事件における各原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、第六ないし第一〇事件における各原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、第一ないし第五事件についての仮執行宣言の申立ては相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官井正明 裁判官飯塚圭一)

別紙物件目録<省略>

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